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排泄障害について 2008年8月

北九州病院グループ排泄管理指導室 室長 岩坪 暎二ドクター

 人は、口に入れた飲食物から消化吸収(消化器系)した栄養を血液に含ませて(循環器系)全身の組織に配給し、吸い込んだ(呼吸器系)酸素でそれらを燃焼して生命のエネルギーを得て生きている。当然、栄養源の使いカスは、炭酸ガスとして肺から呼出し、水分や残余窒素など血液中の老廃物は腎臓を介して(泌尿器系)尿として膀胱・尿道から、腸管内の食物残渣は便として直腸・肛門から捨てる。この生理的な循環、食事と排泄のサイクルが途絶えると人は病気になり死に至る。つまり人では自律神経系で動かされる胸部内臓(肺・心臓)、腹部内臓(胃腸・肝胆・膵)、骨盤内臓(膀胱・直腸・精嚢・子宮)が血液とホルモンを仲立ちとしてその生理的役割を果たしている。排泄は主に骨盤自律神経が支配する骨盤内臓内容物の貯留・排出の生理的反射で行われる。
いっぽう、赤ちゃんとは異なり、社会生活には排泄我慢(禁制)も必要だから、陰部神経(仙髄を反射中枢とする随意神経)支配の括約筋が収縮して排泄を抑制することも出来なくてはならない。赤ちゃんの排泄は「生理的(反射)」、大人の排泄は「社会的(運動)」、認知症や脳卒中、脊髄損傷など、知的身体的障害を持つ人は病的排泄(多くは神経因性)で、意識するしないにかかわらず、排尿・排便・勃起射精・分娩に同時に影響があるので「神経因性膀胱・直腸・性機能障害」が正しい病名である。いつかはとれる赤ちゃんのオムツと違って大人のオムツは健康と尊厳をおびやかす。日本では排泄介護の現場に医者(泌尿器科医)でさえも無関心であったが、要介護高齢者が増え、介護保険制度のもとにオムツ管理の問題が人道的・経済的に意識される時代になった。排泄ケアには排泄の生理学・病態学の知識・学問と人に対する愛情が必要である。基礎知識のない経験主義では合理的な看護・介護は出来ないので神経泌尿器科学専門の立場からみた「排尿の基礎知識と排尿障害の考え方」を紹介する。

1.泌尿器の役割と機構
2.神経因性膀胱直腸性機能障害
3.病態と合併症
4.排尿困難の尿流動態病態(図7)
5.尿失禁の病態
6.神経因性膀胱の診断
7.排尿障害をもたらす傷病
8.神経因性膀胱の治療


1.泌尿器の役割と機構
泌尿器は腎と尿路で成り立つ。腎は体液(とくに循環血液)環境を生理的状態に維持する役割を果たし、結果として尿が 出来る。尿路(腎盂尿管と膀胱尿道)は老廃物を含んだ水分(尿)を体外に排泄する。
 1) 飲んだ水の行方(図1)
 飲んだ水の殆どは、消化器官(胃・腸)粘膜上皮の毛細血管から吸収されて静脈血中に入り循環血液となって全身の毛細血管網と組織の入組んだプールで栄養素と酸素を含んだ動脈血(組織間液)として、組織からは老廃物と重炭酸塩を含んだ静脈血(組織間液)として取り引きがおこなわれる。血圧・浸透圧のバランスで水分不足の組織は水で潤い水分過剰の組織は余分な水を組織間液から毛細血管の静脈系へ吐き出し、循環する血液は腎臓の働きによって水分・電解質や老廃物の値が正常値の範囲にコントロールされている。腎臓は健康が損なわれないように生理的な血液環境を守るために絶えず働く泌尿器の主役であり、組織間液の変動は激しくても、細胞内や血管内は絶えず生理的な水分環境に保つ役割を果たしている。水分不足で喉が渇き肌がカサカサでも、細胞内液や循環血液の水分が不足しないように、貴重な水分を尿として捨てないように濃縮尿(浸透圧の高い濃い番茶様の尿)として、逆に体の組織が水余りで浮腫みそうな時は希釈尿(浸透圧の低い無色の尿)として水分を捨てる。水分の過不足がない尿は琥珀色に輝いている。排泄介護の現場で困る頻尿(排尿回数が多くて困る)の原因の一つは多飲多尿という生活習慣の誤りと、腎不全・糖尿病・尿崩症などの病気がある。普通の環境で生活できる高齢者にいわゆる「脱水予防」と称して飲水を強制したり、脳梗塞予防、尿路感染治療と予防、便秘の改善、尿路結石の排出促進、肺静脈血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)の予防、熱中症の予防にと水分負荷を強制することは主要な原因病態を取り違えた俗説であり医学的に根拠がない(根拠の説明は別紙に譲る)。悪い水を飲めば不健康になるが名水をいくら飲んでも健康増進にはならないのも同じことである。飲んで困らなければ飲んでよし、オムツが要らないようにするには強制すべきではない。ちなみに当院のデータから、入院療養を続ける要介護高齢者の1日尿量は500ml〜2,000ml、(平均1,000ml)程度である。

 2) 蓄尿・排尿には膀胱(骨盤自律神経)と尿道括約筋(陰部神経)が関与する(図2)。
 3) 骨盤自律神経は骨盤内臓(膀胱・直腸・性器)を、陰部神経は尿道、肛門、膣の括約筋を支配し、それぞれの知覚(尿意、便意、性感覚)、運動・反射(排尿、排便、分娩、射精)と禁制にかかわる(図3,4)。

 4) 蓄尿中は排尿筋が弛緩して膀胱内圧が低く膀胱頚部は閉じ、尿道括約筋が緊張して尿道内圧を高く維持して尿が漏れない。一方、排尿中は排尿筋収縮で膀胱内圧が高く膀胱頚部は開いて、括約筋の弛緩で尿道内圧が低い。「尿が貯まる、尿が出る」を決めるのは膀胱内圧と尿道内圧で排尿筋と括約筋の動きであり、骨盤(自律)神経と陰部(体性)神経の働きである。尿を動かす水圧差(膀胱内と尿道内)の関係をウロダイナミクスと呼び、通常、排尿筋と括約筋は協調と呼ぶ関係にある。つまり、排尿筋と括約筋は互いに逆の動きをして蓄尿・排尿という生理的な動きを作り出す拮抗筋でもある。
 5) 膀胱は150ml程度に膨らむと尿が貯まるのを感じ(初発尿意)次第に容量が増して300―400mlになると我慢の限界(最大尿意)に達する。この時はまだ膀胱内圧は0-10cmH2Oという低圧環境にあるが、骨盤神経興奮で分泌されるアセチルコリンは排尿筋を収縮させて膀胱内圧は40-60cmH2Oに上がり膀胱頚部が開いて、尿道括約筋が緩むと尿道が開いて排尿が始まる。排尿に要する所要時間は10-20秒以内である。1日尿量が1,500mlの日ならば、1回300mlの尿を5回排尿するとして、排尿に要する時間は1日にわずか50-100秒間である。膀胱圧は1日の殆どを蓄尿中の低圧環境を維持し、腎臓から送り込まれる尿を受け入れていることになる(図5)。
正常な膀胱は、排尿の我慢が(最大尿意量300〜400ml程度迄)できて、尿意が出る(初発尿意量150ml程度)ほどに貯まっていなくても、何時でも、1回で、残尿なく排尿ができる。排尿誘導には必ず成功する。したがって、毎回の排尿量は異なっても1日平均の排尿量が150ml以上で、残尿がなければ正常膀胱の可能性が高いといえる。
 蓄尿(生理的)と尿閉(病的)、排尿(生理的)と失禁(病的)のウロダイナミクス(尿流動態)環境は同じである。排尿病態の理解はウロダイナミクスを知るところから始まる。

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2.神経因性膀胱直腸性機能障害
 (1) 骨盤自律神経が障害されると、排尿障害(尿意喪失、排尿困難、尿失禁)だけでなく、
     排便(便秘、失便)と性機能(勃起・射精)の障害をともなう。
 (2) 尿意が無いと、失禁する,膀胱炎や尿閉に気づかず、尿路合併症が進む。
     つまり尿意は排尿すべきタイミングを教え、危険を知らせる警報装置でもある。
 (3) 排尿困難は細菌感染がもとで腎盂腎炎を、高圧排尿がもとで水腎症を起こし、腎不全を招く。
     頻尿・尿失禁はQOL(生活の質)を低下させる。
     神経因性膀胱があれば、思いどおりに排尿ができない・時間がかかる・何時尿が漏れるか分からない・我慢
     が出来ない・便秘と括約筋麻痺を伴うなど、複雑な排泄障害があり、時間決めの排尿誘導も空振りに終わる。
     排泄の管理が、本人はもとより介護者の自由にならないのは、ある程度仕方のないことである。

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3.病態と合併症
 (1) 骨盤自律神経障害→膀胱機能障害→膀胱器質障害→ 腎障害→ 腎不全
                   
       尿意喪失   
       尿閉  →尿路高圧 →排尿筋萎縮 →尿停滞  →水腎症
       尿失禁 →細菌感染 →排尿筋繊維化   →尿管逆流 →腎盂腎炎
     合併症は必ずこの順番通りに進む(図6)。
  排尿障害がもとで起る腎臓障害を腎後性腎障害という。
  腎臓障害の前に膀胱の器質的障害(膀胱変形)が認めらエコー検査でも判る。
 (2) 神経障害ある組織は感染に弱く治癒能力がないので留置カテーテルは神経因性膀胱患者の尿道膀胱に
     褥創を作り排尿機能をダメにする。

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4.排尿困難の尿流動態病態(ウロダイナミクス)病態(図7)、図の上段から
 (1) 正常排尿(排尿筋括約筋協調)
 (2) 膀胱が収縮しない、収縮力が弱い(糖尿病、子宮癌直腸癌術後、など)。
 (3) 排尿が長続きしない(脳卒中など)
 (4) 括約筋が開かないか、痙攣して閉まる(脊髄麻痺など排尿筋括約筋協調不全)。

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5.尿失禁の病態
 (1) 腹圧性 →排尿は正常だが、咳やクシャミなど腹圧時に漏れる女性
 (2) 溢流性 →排尿障害が原因で残尿が多く溢れて漏れる危険な尿失禁。オムツのまま放置はいけない。
 (3) 切迫性 →尿意がけわしく頻回排尿(過活動膀胱、急性膀胱炎、脳循血流低下、脳卒中後遺症など)
 (4) 反射性 →突発的・反射的に漏れる(脊髄麻痺など)
 (5) 混合性 →高齢者で腹圧性と切迫性が混合したもの

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6.神経因性膀胱の診断
 1) 正常か排尿障害があるかどうかの診断:
  (1) 排尿記録(Cup & Stopwatch method)又はウロフロメトリー(尿流測定)
      1日尿量 1,000−1,500ml程度。400ml以下(乏尿)は腎不全の危険
      1回排尿量 150−300ml程度
      1日排尿回数 7回以内
      排尿所要時間 10-20秒以内
      平均尿流率 30−10 ml/sec程度
  (2) 残尿測定(排尿直後は残尿無し)
 2) 神経障害が原因ではないか:
  (1) 排尿・排便・性機能に関する愁訴が無いか
  (2) 仙髄領域の神経学(ピンプリックテスト:陰部を爪楊枝で刺す痛みが分かるか、肛門括約筋を締められるか、
      球海綿体筋反射の亢進・消失)の診察、直腸診(図8)。
 3) どのような病態の神経因性膀胱か:膀胱・尿道内圧測定で判定する
    排尿筋過活動(過反射) 低活動(無反射) 排尿筋括約筋協調不全  
 4) 尿路合併症を起こしているかどうかの診断:
    膀胱・腎臓のエコーや造影検査で病期を診断し治療法を考える。
    腎臓障害はクレアチニン値、クリアランス値を指標にする。

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7.排尿障害をもたらす傷病
  排尿障害の原因(図9)
 1) 膀胱尿道疾患:過活動膀胱、膀胱炎、前立腺肥大、尿道狭窄、
     腹圧性尿失禁ほか泌尿器科外科的通過障害疾患
            → 泌尿器科専門医で治せる 
 2) 神経因性膀胱:膀胱機能障害をもたらす神経傷病で起こる。
     実際には排尿・排便・勃起又は分娩障害を伴う:脳卒中・パーキンソン病・脳脊髄膜炎他大脳傷病、
     脊髄損傷・脊椎症性脊髄症・脊柱管狭窄・ヘルニア等脊椎・脊髄傷病、二分脊椎、子宮癌・直腸癌
     根治手術後、糖尿病など
            → 改善は期待できても専門医で治せない場合が多い
 3) 排尿関連動作障害:神経傷病に伴う身体機能の障害・寝たきり(ADL障害)
 4) 認知障害:大脳傷病、高次脳機能障害による尿意の認知・判断・行為の障害で排尿誘導や介護が必要
    なアルツハイマー病など各種認知障害にみられる。
 5) 心身廃用症候群:要介護高齢者に見られる重症傷病による身体と心の廃用状態で、悲嘆・絶望・遠慮・
    諦めは介護・看護・治療上隠れた大きな障害である。
 6) 医学的傷病と治療上の弊害:多尿をもたらす疾患(糖尿病・尿崩症・腎不全)、うつ病、欝血性心不全、
    利尿剤、向精神薬・抗痙攣薬・抗コリン薬などの影響
 7) 生活習慣の誤り、医学上の誤解:脳梗塞予防・脱水恐怖・便秘・エコノミークラス症候群、尿路結石排除
    などを期待しての多飲、名水信仰
           
 *要介護高齢者では(1)膀胱機能(正常膀胱か神経因性膀胱か)(2)排尿のタイミング(尿意を伝えられる・尿
 意を伝えられない)(3)排尿関連動作能力(トイレに行ける、声掛け・誘導でトイレに座れる・寝たきり)の3要素
 の把握で介護がどの程度有効か決まるが、介護の現場では、(1)要介護者自身の心の問題、(2)介護を信
 頼して貰えるチームワーク、(3)介護者の熱意と同じレベルの医学医療知識が必要である(図9)。

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8.神経因性膀胱の治療
 1) 訓練療法
  (1) 排尿訓練:排尿困難に対し膀胱内圧を高める腹圧・手圧排尿、叩打刺激で反射排尿を誘発する訓練)
      排尿訓練でもすべてが良くなるとは限らない。限界判断も必要。
      尿意が無い場合、膀胱の正常な回復は望めない。
      残尿が減ってもよい回復とは言えない。尿路造影で追跡必要。
  (2) 膀胱訓練:頻尿・尿失禁に膀胱蓄尿域値を高める、括約筋の鍛錬
      膀胱訓練は神経因性膀胱障害では意味がない。
      骨盤底筋体操(腹圧性尿失禁)は括約筋麻痺のない女性が対象。
      排尿中断訓練(排尿途中で尿を止めるコツを覚えて普段から訓練する)
  (3) 排尿誘導:介護者の都合や時間決めでは排尿できにくい。失敗は覚悟の上でトイレ誘導する。
      忍耐と愛情が必要である。
 2) 薬物療法
    排尿困難にコリン剤(排尿筋緊張)、α節遮断剤(括約筋弛緩) 
    尿失禁に抗コリン剤(排尿筋弛緩)、α節刺激剤(尿道抵抗増加)
 3) 間歇導尿 排尿困難と尿失禁を同時に解決する良い方法で尿感染・排尿困難が原因の頻尿・尿失禁・
    腎臓合併症の予防に有用
  (1) 急性尿閉期の一時的な方法:病院で行う
  (2) 慢性期の永久的な方法:自己導尿・介助者導尿等施設や在宅で行う
   自己導尿キットは市販され健康保険で認められた治療である(図10)。
 4) 内視鏡手術(専門医に限定した特殊治療)
    膀胱頚部切除術
    尿道括約筋切開
    陰部神経ブロック
 5) その他
 
以上、排泄の生理と病態、臨床上の基礎知識、北九州病院方式排泄介護の要点を紹介した。

 平成20年8月8日
 元 労働者健康福祉機構 総合せき損センター 部長
    九州大学医学部 臨床教授(併任)
 現 北九州病院グループ排泄管理指導室 室長

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